今と昔を結ぶまち、東銀座。まちや風景は変わってもそこで過ごした時間やかけがえのない経験はいつまでも心に残り続ける―
東銀座にゆかりのある方々に東銀座や銀座、築地などを含め、このエリアで過ごした想い出やこれから期待することなどを文や絵など形態にとらわれず、前篇・後篇として2回にわたり自由に綴っていただくエッセー企画「東銀座と私」。
その第2弾となる今回は、銀座7丁目のご自宅兼稽古場で研鑽を積まれ、振付師・演出家としても様々なジャンルで活躍の場を広げている日本舞踊尾上流四代家元・尾上菊之丞さんにご寄稿いただきました。今回は、後篇をお届けします。
昔から歌舞伎俳優さんもよく見かけましたね。“丸の内ホテル”って今は東京駅にありますけれど、昔は東劇の裏手の高速の入口あたりにあって。その丸の内ホテルにずっと天王寺屋(五世中村富十郎)がお住まいになっていたので、よくお見かけしました。
あと、今は銀座ルノアールになっている角のところに“チャンプ”っていう電気屋があったんです。当時はゲームソフトとかをたくさん売っていたので、それを見に行きたくてしょっちゅう通ってました。そしてやはり“銀座東急ホテル” (※1)。最近の人はあまりご存じないかもしれませんが、今の時事通信社ビルがあるところに銀座東急ホテルがあって、1階に24時間のラウンジ(コーヒーショップ)があったので、そこにみんないましたね。いつでもそこに行けば誰かいるたまり場のような。歌舞伎の俳優さんもいるし、新派の波乃久里子さんもいらしたり。うちもすぐ近くだから食卓代わりに利用して、いつも夕飯を食べに行っていました。
小さい頃によく行ったご飯屋さんでいうと、僕の初めての天屋物は、それこそ「蘭州」でしたね。みんなが油っこいチャーハンとか食べているのがとても美味しそうで。チャーハンが黒いんです。それで、家でどうしても蘭州の出前を取って欲しいとお願いして取ってもらった想い出もあります。あと、昔はよく歌舞伎座に連れられて行っていて、3階のお蕎麦屋さんとか劇場の中で食べるのが好きでした。当時は楽屋口の脇に大きいガラス張りの喫茶店があって、そこに俳優さんやスタッフさんとか皆さんよくいらっしゃいましたね。大人になってからよく行くお店は、いつも混んでいますが、銀座中学校の近くの蕎麦屋「成富」。あとは歌舞伎座の近くの「はしご」。最近ラーメンは少し控えていますけれど、よく通っていた頃は、もう週1回~3回ぐらいのペースで行っていました。
高校生ぐらいになると、音羽屋の舞台はもちろんですが、今の(十代目松本)幸四郎さんとか(四代目尾上)松緑さんと遊んだり、一緒にお稽古するようになっていたので、よく2人が出ている芝居を1人で歌舞伎座に観に行くようになって。もう少し大人になってからはある程度、僕の存在も認めてもらっていましたが、当時はまだ子供ですし、関係しているようでしてないような感じだったので、特に誰に許可を取る必要もないはずなのに、初めて楽屋口から入るときは緊張しましたね。
舞台を観るために緊張しながら関係者の顔をして楽屋口から入っていくんですが、有名な口番(※2)さんがいてね。入口でその口番さんに「どこへ行くの?」って聞かれるわけじゃないんですが、入口を進んで突き当たりを右に行くと舞台の方に出るので、右に行こうとした瞬間にその口番さんが追っかけてきて、「どこいくんだ!」って叱られる(笑)。ですので、最初は左に行って、ちょっとしてからスッと右に行って舞台の方を通って、2階の客席の一番後ろから芝居を観たりしていました。
この辺り(東銀座エリア)は、やはり住んでる方が少ないほうなので、近所付き合いというよりは、僕にとっては“芸事で繋がっているまち”というイメージが強いです。芸者衆や役者さん、それに芝居に関わる人たちみんなが繋がっている。ちょっと床屋に行ったりするとみんないますしね(笑)「バーバーよこた」っていう床屋のもじゃもじゃ頭のマスターは昔から変わらなくて。僕も小さい頃は髪を切ってもらってましたし、うちの父は今でも通っています。
このまちは、華やかな部分と本物が存在する雰囲気が混在している気がします。その華やかな部分っていうのは、芸能だと思うんですよね。芝居であり、花柳界であり、そういう華やかさのフワッとしたものがこの地域にはある。昭和通りから向こう側の銀座のきらびやかな華やかさとはちょっと種類が違う。銀座って、昭和通り、中央通り、電通通りの3本で、顔色が全く違うと思うんですよね。芸能が身近にある華やかさと上質さが合わさったみたいなものが東銀座なんだと思います。地域的には発展していくという考えなんでしょうけれど、何かそういう匂いを残しながら発展していってほしいなと思いますね。表通りではない裏通りのかっこよさというか、本物がある、確かなものみたいなものが、何か残って欲しい。自分が大人になって思うのは、東銀座っていうステータスみたいなものがあるなと思うんです。
昔だったら、「銀座の次に東銀座駅はなしで築地駅でいいんじゃない?歩けるでしょう?」って思ってたけど(笑)今は「お住まいどこですか?」って聞かれたときに、東銀座って言うとなんかちょっとかっこいいような気がして。不思議ですけど、築地と銀座に挟まれつつもどっちの要素も何となく取り込んで独自の文化が根付いているのかなと思いますね。あと花柳界や料亭という特殊な文化も残したいですよね。そういった文化を残しつつ、身近に感じてもらえるようなまちとして発展していくといいなと思います。
(※1)銀座東急ホテル:1960年5月8日、築地精養軒の跡地に東急ホテルチェーンの1号店として開業。2001年1月17日閉館。
(※2)口番:劇場の楽屋の出入り口で、無用の者の入場の防止、俳優の送り迎え、履物の整理などにあたる人。
尾上 菊之丞(おのえ・きくのじょう)
1976年生まれ。日本舞踊尾上流三代家元・二代尾上菊之丞(現墨雪)の長男として生まれる。2歳から父に師事し、1981年(5歳)国立劇場にて「松の緑」で初舞台。2011年、尾上流四代家元を継承すると同時に、三代目尾上菊之丞を襲名。「東をどり」、「鴨川をどり」等の花街舞踊や歌舞伎の古典はもちろんのこと、新作歌舞伎、宝塚歌劇団、フィギュアスケートショーの振付や演出など幅広い分野で活躍している。
「新作歌舞伎 刀剣乱舞」演出
日程:2023年7月2日(日)~27日(木)/ 会場:新橋演舞場
「音楽堂 舞踊の会」長唄『吉原雀』
日程:2023年8月26日(土)/ 会場:石川県立音楽堂 邦楽ホール